*89 仙人の棲む渓

岩内仙境(ISO/400, 18mm, f/4.5, 1/140, フィルターあり)

帯広市内を流れる札内川に沿って南西に遡っていくと、戸蔦別(とつたべつ)川との合流点に出る(20km程度の道のり)。この分流をさらに南西方向に進むと、岩内川との合流点にさしかかる(15km程度)。戸蔦別川は日高山脈を源流として、同じく日高山脈の奥から流れ出る札内川と合流して、さらに十勝川に合流し、十勝川は悠々と流れて太平洋に注がれる。岩内川の源流は日高山脈の麓にある。岩内仙境と呼ばれる小さな渓谷の奥にたぶん湧水ポイントがあるのだろう。仙境とは言い得て妙、なかなか神秘的というか幽玄の気が満ちている。谷底に降りるための細くて険しい径が通っていて、降り口にはお不動さんが二体立っている(と書いているうちに、このお不動さんの写真を撮って、それをアップすればよかったと後悔している)。はじめて岩内仙境を訪れたのは、小学生のころだったと思う。低学年だったか、高学年だったかは忘れた。鼻先の突き出た貸し切りバスに乗せられたことは憶えている。当時(半世紀前!)の十勝は国道以外、どこも未舗装の砂利道だった。むかしのバスはガソリンや排気ガスやら人いきれやらで、車酔いする生徒がけっこういた。二時間近くバスに揺られていたような気がする。ネットのマップによれば37㎞、59分。でも、実際には——法定速度をほぼほぼ(!)守って走っても——この半分くらいの時間で岩内仙境の入口に着いてしまう。農道も含めて、どこもかしこも舗装されていて、背後から追いすがる車も、対向車もほとんどない。助手席は無人。ずっと音楽を流している。空は青く、山並みは静かだ。夏はとうに過ぎたけれど、まだ秋の色には染まっていない。ひとりなのでおもしろくも楽しくもないが、寂しくも悲しくもない。無目的に車を転がしてみたいと思うときは、精神状態は比較的いい。ただ外の空気を吸っているだけ。もちろん記憶は明滅する。でも、それも風に流されていく。そうやってこの命も人生も流されていくのだろう。ときどきそう思う。