1 – 2(カミュの『異邦人』を最初に読んだのが……)

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カミュの『異邦人』を最初に読んだのがいつのことだったか、それがどうもよく思い出せない。本棚の奥から引っ張り出してきた古ぼけた文庫版は黄ばんで擦り切れ、角も折れている。その奥付を見ると、昭和四十六年十二月三十一日、四十一刷となっているから、もしこの年に読んだとすれば高校時代である。といっても、奥付の日付が購入の時期に対応しているわけではないし、ましてや買ってすぐに読むともかぎらないから、証拠にはならない。

でも、最初に読んだときの印象はよく憶えている。あまり親近感を覚えなかった。主人公にも、文章にも。なので読むのを途中でやめた記憶がある。

手元の文庫版の奥付を見れば、初版が昭和二十九年で、四十六年の時点で四十一刷ということは、平均すると一年に二回くらいの割合で増し刷りしていることになる。このペースで行けば、現時点では優に百刷を超えているだろう。

いや、こんな細かい数字はどうでもいいことで、とにかく『異邦人』という小説がフランスの現代文学のなかで、おそらくは一番——あるいは例外的に——よく売れている作品ではないかということが言いたいだけだ。

でも、それが一番よく読まれているということにはならないのではないか、と話は続くのである。本の読み方、読まれ方はさまざまだ。本屋で立ち読みする、図書館から借りて読む、買っても読まずに積んでおく、しばらくたってから読む、あるいは読まずに死んでしまう。

『異邦人』の場合、ノーベル文学賞受賞作品であるし、世界的ベストセラーでもあるし、そんなに長い小説ではないから、手に取りやすく、ほぼワンコインで買える。

でも、それほどとっつきやすい小説だとは思えない。少なくとも自分の経験に照らして言えば、読んですぐに感動したとか、主人公に感情移入したとか、そういうことはなく、むしろ異様な感じ、あるいは違和感のようなものを覚えた。それは養老院の院長や予審判事や裁判官がムルソーに対して抱いた印象と同じものだったかもしれない。なにしろタイトルが@異邦人{エトランジェ}、すなわちストレンジャー、外国人、アウトロー、場違いな人なのだから。

でも、彼は街の人には好かれている。行きつけの食堂のセレストにも客のみんなにも、海運事務所のエマニュエルにも、アパートの隣人のレイモンからも。今、あらためてこの小説を読み返していると、たしかにこれはムルソーの視線で書かれたものではあるけれど、本当の主人公は彼の目に映る下町の暮らし、港と海の光景、そこに吹く風、そしてもちろん真上から照りつける太陽、したたる汗、そういうものなのではないかと思えてくるのである。

 

原書のほうの奥付に記されているパリの国立図書館への、いわゆる法定納本日は一九七七年となっている。これは明らかに大学時代に買い求めたものだ。当時、新宿の西口にはフランス語とフランス文学専門の本屋さんがあって、原書が必要になったときにはかならずこの店で買っていた。今ならインターネット経由でフランスのアマゾンに注文すれば一週間以内で本が届くけれど、そのころは船便で二、三カ月から半年、航空便でも一カ月近くかかっていたのではないだろうか。でも、航空便は高かった。下手をすると本代と同じくらいの料金が上積みされた。そう、勉強するには金がかかる。時間がかかる。でも、身銭を切らないと身につかないこともある。時間が経過しないと見えてこないこともある。齢を経てわかったことはそのくらいのことか。

それはともかく、原書のページを繰っていくと、アンダーラインや書き込みがやたらに目立つ。フランス語がいかに読めなかったかを如実に物語っている。でも、書き込みのなかには明らかに解読のためのものとは異なる印——斜線やレ点のチェックマーク——がおもに句読点やアクセント記号のあたりに、鉛筆で小さく刻まれている。

この小説を丸暗記したときの悪戦苦闘の痕跡だ。なにゆえ、こんな暴挙に及んだかといえば、不安で不安でたまらなかったのである。学生時代の話ではない。

二十代も終わりかけるころ、私は勤めていた会社を辞め、一念発起してアルジェリアに出かけていった。なんでまたアルジェリアくんだりまで、と訝る人もいるかもしれないが、今でこそイスラム圏は、アフリカも中近東もすっかり物騒になってしまったが、当時はいたるところで日本からのプラント輸出なるものが盛んで、仕事口もたくさんあったのである。

いくらそこに仕事があるとはいえ、よほど追い詰められていなれば、人は海も国境も渡らないだろうと言われれば、そうかもしれない。でも、そこはまだ二十代、怖いもののなんたるかを知らないから、あと先考えずに足を踏み出してしまった。ただし、アルジェリアという国が地中海に面したところでなければ、足も心もそっちに向かなかったとは思う。

フランス政府公認の語学学校の壁に貼り出してあった求人広告を見ると、現場通訳募集、赴任地北アフリカ、月収最低三十万とか書いてある。自分が大学を卒業して勤めた会社の初任給は十万円くらいだったから、目が眩んだ。応募すると、とりあえず候補者としてウェイティングリストに登録され、現場通訳の職に就くための研修のようなものを受けることになった。しかし、こんなことで通訳の仕事が勤まるだろうかと、ただただ不安だった。

そこで切羽詰まって思いついたのが『異邦人』の丸暗記だったのである。西新宿のフランス文学専門の書店を覗いてみると、たまたま——運命のように?——、著者アルベール・カミュ本人が朗読しているカセットテープが、狭い書店の入口近く、平積み台の上に置いてあった。すぐに買い求めると、ちょうどそのころ発売されたばかりの初代ウォークマンにカシャっとはめて、寝ても覚めてもそればかり聞いていた。

サハラ砂漠に点在するオアシスに小さなディーゼル発電所を建設するプロジェクトの通訳として採用が決まったのは、それから半年後、あるいは一年くらい経っていただろうか、正確には思い出せない。ただしフランス語の原書を片手に何度も何度も巻き戻しと早送りを繰り返し、カミュの声に自分の声を重ねたので、哀れウォークマンは旅立つ直前についに動かなくなってしまった。さすがのソニーもそんなユーザーは想定していなかったのだろう。

ようやく仕事先との契約が整い、いざアルジェへという朝、妻がもうじき二歳になる長女の手を引いて、駅まで見送りに来た。初めての海外赴任である。しかも、いきなりサハラ砂漠。その時点ではアルジェ事務所の常勤になるとは決まっていなかった。いつサハラの奥地に飛ばされるかわからなかった。ヘッドフォンから流れ出すカミュの声を聞きながら、ずっと地中海の青い海原を夢見てきたのに、待っているのは砂漠なのである。

妻も私も、どれだけ緊張していたことか。家には生まれたばかりの乳飲み子を置いてきていた。何をしゃべったか、どれくらい見つめ合っていたか、もう覚えていない。突然、長女が火のついたように泣き出した。改札口周辺にいた人がみな振り返るほどに。私は足早に改札口を通り過ぎた。

電車に乗りこんで、窓から外を見ると、長女を抱いた妻が手を振っていた。