2 – 2(アルジェに持っていった本のなかには……)

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アルジェに持っていった本のなかには、『結婚』と題されたアルベール・カミュの初期のエッセイ集が入っていた。そのフォリオ版の法定納本日は一九七九年と記されている。私がアルジェに出かけていった前の年にあたる。カミュ本人が朗読した『異邦人』の録音テープと一緒に購入したのかもしれない。

今、この本をパラパラとめくっていくと、ところどころ鉛筆でアンダーラインが引かれているものの、数ページを過ぎると書き込みの類はいっさいなくなっている。

おそらく、アルジェに到着してから、最初のうちは部屋のテーブルの上にほかの本と一緒に積んでおいて、ときどきはページを開き、辞書を片手に読み進めたのだろう。でも、しばらくすると読まなくなった。というより読めなくなった。ホテルの部屋に戻ってきてまで、フランス語の本を開こうという気持ちにすらならなくなってしまったのだ。まるで傷口に塩をすり込むような痛みを覚えたのだろう。当時の私にとって、フランス語は切っ先鋭い刃物か、どこから飛んでくるかわからない鉄砲玉のようなものだった。

アルジェ事務所の専属運転手のラムダニと一緒に日常的な用足しとか買い物をしているのは楽しかった。だが、街中にある施主の本社に出向いていって、技術者同士のやり取りを通訳するのはほとんど拷問に近かった。多数の関係者が集まる会議ともなれば、お手上げだった。そういうときはパリ在住の日本人の応援をお願いすることになる。

通訳の私とほとんど二人三脚で働いていた高野も同じ気持ち、同じ感覚だったのだろう。慣れない土地、言葉も通じない土地で事務所の維持管理、現場や東京本社との連絡業務、毎日身も心も擦り減らしていたのだろう。だから、彼とはウマが合ったというよりは、戦友のようなものだった。毎晩、事務所の同じ顔ぶれでの夕食がすむと、たいていは高野の部屋を訪れて、免税の高級ウィスキーを浴びるほど飲んだ。

そんな毎日ではフランス語はおろか、日本語だって読めない。

週末はひたすら日差しを浴びた。ホテルの玄関を出て数十メートル走ると、そこはもう海だった。遠浅の海をずっと沖まで泳いでいって、ムルソーとマリーがそうしたように、仰向けになって浮き身をした。沖合から小さな波がやってきて、顔の真上を通過していくが、そのままにしておくと太陽が乾かしてくれた。地中海の海は日本の海岸より塩分が濃いような気がした。そうでなければ、こんなに長い時間浮き身を続けてはいられない。といっても、五分か十分か、そんなものだったのではないか。晴れた日の地中海は波は鎮まっているが、潮目は変わりやすく、油断すると沖合まで持っていかれると誰かが言っていた。

部屋に戻っても、デッキチェアを部屋のバルコニーに持ち出して、素っ裸で日光浴をした。そうして一週間の疲れやらストレスやらが抜けていくと、東京にいる妻に手紙を書いた。

このホテル・マザフランから海岸線に沿ってさらに西に、車で小一時間ほど走ったところにチパサはあった。

 

カミュが『異邦人』に先立って、アルジェの小さな出版社から刊行した『結婚』という小品集は、最初から順に「チパサでの結婚」、「ジェミラの風」、「アルジェの夏」、「砂漠」と題された四つのパートから成り立っていて、最初の章はこんな具合に書き出されている。

 

春、チパサには神々が住み、神々は陽光とアプサントのなかで語らい、海は銀の鎧をまとい、空は@生{き}のままの青、遺跡は花におおわれ、光は山積みの石のなかで泡立つ。

 

チパサには二度遊びに行った。古代ローマの遺跡がある有名な観光地で、今は世界文化遺産に登録されているくらいだから、まさに風光明媚、美しいといえば美しいけれど、身も蓋もない言い方をすれば、カミュの文章ほどには美しくない。カミュの文章は声に出して読んでみると、じつに滑らかに、つっかえることもなくすらすらと読める。まるで自分のフランス語が上達したかのように。それは翻訳者としては悲しいことに、翻訳不可能な領域に属する。翻訳は意味しか伝えられない。でも、どの言語にも音楽性はあるだろう。ユニゾンにはならなくても、ハモるところくらいまでには持っていきたい。なんとも痛ましく、悩ましい作業であるけれど、まあ、これまで長いことこの仕事に携わってこられたのは、その悩ましさに魅せられてきたからだろう。

実際に見たチパサの景色は、すでに記憶のなかでぼやけてしまっている。有名なレストランでお昼を食べたことは憶えているが、そのレストランの名前も、何を食べたかも、まったく忘れてしまった。カミュが強調する眩い陽光にしても、銀色に照り返す海にしても、毎日、ホテル・マザフランの窓から見ているものと同じだから、ことさらチパサで感動することもなかった。

でも、そんなことはあえて強調するようなことではない。長い時間を経て、この『結婚』というエッセイ集を読み返していると、若いときに受けた感動――たぶんカミュの美文調に酔いしれていたのだと思う――とは別種の、新たな発見のような、遅い目覚めのような、変な言い方になるけれど、読書もまた成熟するというような感慨が満ちてくる。

カミュは、この作品のなかで、「肉体の真実」という主題を四つの背景のなかで――最初はチパサの春、次はジェミラの遺跡、その次はアルジェの下街、そして最後は砂漠といった具合に――変奏している。そんなことが今更のように見えてきて、なぜか心が騒ぐのである。

最初のチパサでは、この主題はこんなふうに明示される。

 

僕はここに来ると、至福と呼ばれるものが何であるかを理解する。それはとめどなく愛する権利のことだ。この世にはたったひとつの愛しかない。女の身体を抱きしめること、それは空から海に向かって降ってくるあの奇妙な喜びを引き寄せることだ。たとえば今すぐにでもアプサントの茂みにこの身を投じ、その香りを体内に浸透させれば、あらゆる偏見に抗して、ある真実に達したという意識をもつだろう。それは太陽の真実であり、自分の死の真実ともなるだろう。

 

『異邦人』を読んだ人ならば、ここにムルソーの前身があると思うだろう。ムルソーよりもはるかにナルシスティックで、美化されてはいるけれど、太陽と海――女、あるいは母――、そして肉体と死は、ムルソーが殉じたものだから。

じつは、「肉体の真実」という言葉がこの作品で使われているわけではない。言ってみればコンセプトのようなものかもしれない。しかし、この作品集の最後を締めくくる「砂漠」まで来ると、その変奏は予想外の展開を示す。でも、先を急ぐのはよそう。解析的になることも、解説的になることもよそう。人を説得しようとすることもやめよう。そして、自分の若き日に経験したことを美化することもやめよう。人は自分のしていることがわからない、自分の言っていることがわからないという、どこかの国の格言を信じよう。経験に教訓はない。でも、何かを語っている。言葉を知らない肉体のように。これではまるで若き日のカミュの口調だ。