*80 兎追いし(esq.13)

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小学校生活で最も印象的な出来事をずっと考えていて、やはりこれしかないと思うことがあります。それは蓮見のおじさんに鉄砲撃ちに連れていってもらったときのことです。叔父さんは兎狩りとは言わず、「鉄砲撃ち」と言うのです。

蓮見の叔父さんというのは、父の妹の夫のことです。いとこが二人います。姉のほうのほうはもう中学生ですが、妹のほうは同じ光が丘小学校に通っています。同じO市内に住んでいるので、僕はときどき泊まりに行きます。向こうからは泊まりに来ません。うちは父が厳しいので、息が詰まるというのです。僕も息が詰まります。

僕が叔父のうちに遊びに行くのは、小さいときには家が近くて、いとこたちと本当の姉妹のようにいつもいっしょに遊んで育ったということもありますが、叔父のところには釣り竿とか空気銃とか猟銃とか、そういう道具がたくさんあって、本当に楽しいからです。

海釣りで使う太い竿もあれば、渓流釣りで使う細い竿もあります。忍者が使うような三本か四本の太い針を束ねた仕掛けもあれば、注射針の先よりも細い細い針もあります。テグスも何種類もあります。うどん粉を丸めた餌もあるし、ミミズもブドウ虫もいます。イクラもあります。

この前は空気銃を撃たせてもらいました。家の前の畑を取り巻いている柵の上に空き缶をのせて、それを狙うのです。緊張しました。一メートルくらい離れたところからだと当たりますが、二メートル、三メートル離れると、なかなか当たりません。引き金を引くときに緊張して、銃口がぶれてしまうのです。

叔父さんはときどき、家の前に米粒をまいて、それをついばみに来た雀を撃つことがあります。家の中に隠れていて、窓の隙間から空気銃の先だけ出して狙うのです。でも、そんなにたくさんは捕れません。雀が警戒して来なくなるからです。叔父さんがそう言っていました。雀は賢いんだなと思いました。

でも、一番緊張するのは、猟銃です。叔父さんの持っているのは、水平二連の散弾銃です。銃身が二本水平に並んでいるのでこう呼ばれます。直径が二センチくらい、長さが五センチくらいの筒に小さな弾がぎっしり詰まっているのが散弾です。ライフルの弾のように一点を撃ち抜くのではなく、小さな弾がいっぺんに発射されて、徐々に半径が広がっていくんだそうです。だから、空を飛ぶ鳥とか地上を素速く動く小動物を撃つのに使われます。

猟銃は見ているだけで、緊張します。長さ一メートルほどの銃身は黒光りしています。見るからに重そうです。実際に持たせてもらったことがありますが、子供の力では銃をちゃんと水平に保つことさえ難しいと思いました。それに恐ろしいです。弾は入っていないから大丈夫だと言われても、引き金を引いたら爆発して弾が飛び出すんじゃないかと思ってしまうのです。銃口を向けられると足がすくみます。

釣り竿は生け捕りにするための道具です。空気銃は軽いし、弾は小さなアルミ玉です。至近距離から撃たれて心臓に当たれば死ぬかもしれませんが、そんなに恐怖感はありません。

でも、猟銃は相手を殺すための道具です。見ているだけでそれが伝わってきて、足が震えるのだと思います。叔父のところではありませんが、日本刀を見せてもらったことがありますが、そのときも同じことを考えました。

この蓮見の叔父さんに「鉄砲撃ち」に連れていってもらったのは、去年の春のことです。叔父さんが家まで迎えに来てくれて、車三台連ねて、目的地に向かうのです。行き先は鹿追というところだと聞きました。初めて聞く地名で、町なのか村なのかもわかりません。兎を撃つのに変だなとも思いました。

市内から一時間以上砂利道に揺られて、畑と落葉松の防風林だけしか見えないところに着きました。道は除雪されていて、雪もほとんど融けていて、ところどころ水たまりができているほど暖かい日でしたが、畑は一面雪におおわれていて、表面はかちかちに固まっていますが、踏み抜くと三十センチか四十センチは深さがあって、子供だと足が抜けなくなります。

春が近づいてきて、暖かくなると兎の活動が活発になって、でも食べ物はろくにないので、防風林の根本を食い荒らすのだそうです。害獣指定になっている動物なので、仕留めた兎の耳二本そろえて市役所に持っていくと百円もらえるのだそうです。奨励金だと叔父は言っていました。

車は二手に分かれて停まりました。先頭を走っていた車が百メートル先のほうに停まったかと思うと、少し腰の曲がったおじいさんが猟銃を斜めに背負って、雪をかぶった畑のなかをどんどん歩いていきます。
「村田のおやじ、また勝手なことをしやがって。兎が逃げてしまう……」と、叔父はぶつぶつ言っています。「さて、こっちも行くぞ」とみんなに号令をかけています。

どうやら、向こうの防風林から兎を追い出して、こちらから迎え撃つ作戦のようです。車の中にいたときから、心臓がどきどきして、あくびばかりしていたのですが、いよいよ狩が始まるのかと思うと、緊張のあまり、声も出ず、息もできなくなりました。

快晴の日で、太陽は真上にあって、半分凍りついた雪の表面がぎらぎら輝いています。

遠くから銃声が響きました。さっきの腰の曲がった老人が撃ったのかもしれません。

一瞬の間をおいて、銃声が何発か続けざまに響きました。

あちらの防風林から、なにか黒っぽい点のようなものが、道のほうにむかって、まるでこわれた玩具のようにぎくしゃく、駆け出しました。

こちらからも銃声が何発も響きました。鼓膜が破れるかと思いました。頭がキーンとなりました。白い煙がふわっと漂い、火薬の臭いが立ちこめました。

兎です。茶色くなりかけた兎。後肢で思い切り蹴ろうとすると、畑の真ん中の柔らかい雪に埋もれて、ちゃんと走れないのです。そして動かなくなりました。

あたりはまた静かになりました。

男たちはしばらく銃を構えていましたが、やがて銃を降ろし、銃床と銃身が別れるところで銃を二つに折って、空になった薬包を取り出している。

え、たった一匹?

僕が叔父さんのほうに目を向けると、なんだかがっかりしたような、怖そうな目をして、倒れた兎のほうを見てから、無言で銃の後始末をしています。そして、
「おい、センちゃん、あれ取ってこれるか?」と言うではありませんか。

え、どうして? 一瞬、意味がわかりませんでした。でも、なぜか反射的にこっくりうなずいていました。試されているんだと思いました。

叔父さんは僕のことを「センちゃん」と呼ぶのです。イズミと呼び捨てにするのでもなく、叔母さんや従姉妹のようにイズミちゃんとも呼ばずに、泉を音読みするのです。物心ついたときには、もうこんなふうに呼ばれていました。僕にとっては第二の名前で、なぜかこう呼ばれるほうが男らしい気持ちになります。

叔父さんは僕を一人前の男として扱おうとしているように思いました。さすがに弾の入った銃を持たせるわけにはいかない。でも、少なくとも獲物を拾ってくるくらいのことはさせたい。叔父さんの心意気が伝わってくるような気がしました。

五十メートルほど先の兎のほうに向かって、歩き出すと、背後から叔父が呼び止めました。

「いいか、耳を持つんだぞ。腹に手を回すな。がぶりとやられるからな」

緊張しました。心臓がばくばくしました。ときどき床が抜けるように、雪に足を取られました。畑の真ん中のほうにいくと雪は浅くなりました。風が通り抜けるので、あまり積もらないのです。

兎はまだ生きていました。生きているというより、左の後ろ肢に弾が当たっただけで、右の後ろ肢にも、前肢にも怪我はないから、ものすごい勢いで前に進もうとしているのです。でも、左後ろ肢に怪我をして、雪は浅くなっているとはいえ、深さ二十センチくらいはあるので、前に進めないのです。ただ足掻いているのです。

一メートルほどのところまで近づくと、兎はものすごい顔で僕を睨みました。口の中は真っ赤でした。血の赤さなのか、兎の口の中はもともとこんなに赤いのか、僕にはわかりません。ただ、長い前歯が狼の牙のように真っ白に光っていました。

猫よりも小さな兎が、僕をおどかしているのです。命がけで僕に闘いを挑もうとしていると思いました。

僕は自分が子供だと思いました。兎は大自然のなかで懸命に生きてきた大人ですが、僕は大人に守られて生きている子供なのです。真っ赤な口を開けて、僕に噛みつこうとしている兎を前にして気後れしました。自分が恥ずかしいと思いました。でも、怖がって叔父さんのところに戻ったら、もっと恥ずかしい。

どうすればいいのか。

僕は暴れる兎の背後に回ることにしました。真正面からではなく、後頭部から耳を捕まえました。でも、野兎の耳は短くて、すぐにすり抜けてしまうのです。白い飼い兎の半分もないから、握ることさえできない。僕は手袋を脱いで、ジャンパーのポケットにしまいました。そして、ありったけの力を込めて、両耳を束にして握りしめました。素手だとなんとか握れます。でも、持ち上げることはできません。兎は二キロか三キロはあったと思います。持ち上げたとしても、後ろ肢をばたばたさせる野兎をそのまま五十メートルの距離を持って歩いて帰ることはできません。

僕は後ろ肢をつかまえてみました。でも、兎の後ろ肢は思ったよりもずっと強く、かえって右手で持った耳を振りほどかれてしまいました。兎はまた雪のなかに落ちて足掻きましたが、前には進めません。

僕はまた同じことを繰り返し、今度は腹を持ってみようと思いました。「がぶりとやられる」かもしれませんが、ほかに方法がないのです。僕は右手で両耳をしっかりと握り、小さな兎の下腹部に左手を回し、そのまま自分の腹に押しつけて、どんなに後ろ肢を激しくバタバタさせても落ちないように、そしてあの長く鋭い前歯が腹を押さえている左の甲に届かないよう、しっかりと上に吊り上げました。そう、両手で兎の体を上下に引き伸ばすようにしたのです。

そうして、焦らずゆっくりと叔父の待っているところに戻っていきました。

叔父はにこにこ笑顔で迎えてくれました。その笑顔が誇らしく思えました。

でも、誇らしさはそこまででした。

兎を受け取った叔父は、小さな体を思い切り地面に叩きつけると、銃床で何度も何度も側頭部を打ちつけたのです。でも、兎は死にません。声にならない声を絞り出し、口も裂けよとばかりに歯を剥き出しにするのです。ほかの大人たちも来て、銃床で叩くわ、ぶ厚い革の長靴の踵で踏みつけにするわ、もうリンチです。

僕は見ていることができませんでした。でも、おまえが持ってきたんだろう。最後まで見届けろという声がします。

さすがに兎はぐったりしてしまいました。でも、まだ息は残っているように思えました。

「どんな動物でも、仕留めた獲物を生殺しにしちゃいけない」

叔父は、そう言いました。でも、僕の膝は震えていました。叔父は、命絶えた兎から、二本の耳をナイフで切り離しました。百円です。

僕が帰りの車の中で何を考えたか、もう覚えていません。たぶん疲れ果てて寝てしまったのだろうと思います。

僕はこの光が丘小学校を卒業すると、東京に行きます。父の仕事の関係で東京に引っ越すことになったのです。

東京のどこに住むのか、どこの中学校に入るのか、僕にはわかりません。名前がわかったところで、どうせ知らない土地です。

ときどき不安な気持ちになりますが、この光が丘小学校で過ごした六年間がきっと支えてくれると思います。そして、何年かしたらまたここに戻ってきて、みんなに会いたいです。

大人になって、叔父さんといっしょにまた釣りに行ったり、山登りに行ったりしたいです。でも、今のところ「鉄砲撃ち」に行きたいとは思いません。一生忘れられない思い出として、ずっとこの胸に刻んでいきたいと思います。

(猫柳香「鉄砲撃ちの思い出」光が丘小学校卒業文集より)

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