*74 閑話(esq.08)

①心静かに話すこと。ゆったりとした気持ちで話すはなし。閑談。
②内容に重きをおかない話。むだばなし。雑談。
 精選版・日本国語大辞典(小学館)

二十世紀の終わり頃——ということはつまり四半世紀まえの話、ついこないだ終わりを告げた平成が始まったばかりで、私が三十から四十の峠を越えようとしていた頃、次から次へとなりふり構わず引き受けた翻訳と血眼になって格闘していた当時のこと——、仕事の傍らで夢中になって読んでいた小説がある。

藤沢周平の時代小説だ。

まさにはまるとはこのことかと、みずからあきれるほどはまってしまって、たぶん文庫版のほとんどを読んだはずだ。きっかけは『蝉しぐれ』という題の長編小説だった。たしかこの作品の文庫版の書評が朝日の夕刊に載っていて——評者は秋山俊——、さっそく買い求めて読みはじめたら止まらなくなったのである。一作を読み終えたら、すでにそのときこの作家の紡ぎ出す物語の虜になっていた。

作品紹介をしようというわけではないので、細かいことは省く。牧文四郎という下級武士の家に生まれた青年が藩の政争にもみくちゃにされながら成長していく物語である。

ふくという名の幼なじみが登場する。文四郎の初恋の相手である。文四郎は切腹して果てた父の遺恨を背負い、ふくは藩主の側室となり、両者とも悲運に翻弄されて人生を歩むが、長い歳月が経過して、藩主亡き後、出家して尼僧となることを決意したふくは、文四郎と再会することを願う。

その再会の席で、ふくは文四郎に言う。

「ふくが文四郎様のお側で生きる道はなかったのでしょうか」

この言葉どおりだったか、文四郎がそれにどう応じたか、じつは心許ない。というのはさっき、原作を確かめなくてはと思い、本棚を調べてみたのだが、どういうわけだか『蝉しぐれ』だけ見つからないのである。これだけのロングセラーだから、図書館か最寄りの本屋にでも行けば、すぐに確認できるはずだが、あえてこのままにしておきたい気分なのである。

馬で帰路につく文四郎に降りそそぐ、耳を聾さんばかりの蝉しぐれ、それは読者の心に永遠に鳴り響いてやまない。

*69(esq.03)では、「これは猫さんが恋をする話である」と書いた。次の*70(esq.04)では「この物語は、書き手の気まぐれによって命名された人物が、私とは何か、私はどこから来たのか、誰を愛しているのか、問いを重ねていく物語である」と書いた。

初めから、そんなことを想定していたわけではない。ほとんどやけくそのように、猫柳香という名前が頭に浮かんできたとき、物語は勝手に始まったのである。猫さんが医者に鬱病と診断される場面も突然降ってきた(原形は*20の「診察室」にある)。

この断片を書き終えたとき、はっきりと、初恋(ファーストラブ)が終の恋(ラストラブ)になり、核融合のようなエネルギーを爆発させる、そんな物語にしたいと思った。人生を歩むエネルギーは核分裂のようなものかもしれない。だから終わりくらいは融合させてみたい。それはおそらく小説のなかでしか実現できないだろう。

始まったばかりで、文字どおり海のものとも山のものともしれない物語をみずから解説する愚は避けたい。七〇年代を生きた文学青年のあいだで、ほとんど伝説と化した堀川正美の白鳥の歌、「新鮮で苦しみおおい日々」全篇をここに書き写しておくことにする。

 

時代は感受性に運命をもたらす。

むきだしの純粋さがふたつに裂けていくとき

腕のながさよりもとおくから運命は

芯を一撃して決意をうながす。けれども

自分をつかいはたせるとき何が残るだろう?

 

恐怖と愛はひとつのもの

だれがまいにちまいにちそれにむきあえるだろう。

精神と情事ははなればなれになる。

タブロオのなかに青空はひろがり

ガス・レンジにおかれた小鍋はぬれてつめたい。

 

時の締切まぎわでさえ

自分にであえるのはしあわせなやつだ

さけべ。沈黙せよ。幽霊、おれの幽霊

してきたことの総和がおそいかかるとき

おまえも少しぐらいは出血するか?

 

ちからをふるいおこしてエゴをささえ

おとろえてゆくことにあらがい

生きものの感受性をふかめていき

ぬれしぶく残酷と悲哀をみたすしかない。

だがどんな海へむかっているのか。

 

きりくちはかがやく、猥褻という言葉のすべすべの斜面で。

円熟する、自分の歳月をガラスのようにくだいて

わずかずつ円熟のへりを噛み切ってゆく。

死と冒険がまじりあって噴きこぼれるとき

かたくなな出発と帰還のちいさな天秤はしずまる。

*73 夫婦のこと、親子のこと(esq.07)

*5

 

猫さんの奥さんと、猫さんの母親は仲がよかった。まるで血のつながった親子のように。いや、その譬えは違うのかもしれない。実の親子というものは、そもそも仲がよくないものではないのか。自分自身が父親に対しても、母親に対しても、そしてその関係に対しても齟齬と葛藤を抱えて成長してきた猫さんはそう思うのである。

でも、それもわからない。誰しも余所の親子の愛のかたちなど窺い知れるはずもないし、自分の家族については距離が近すぎて、誰しもよく見えないものであるだろうから。仲のよい親子というのもあるだろうし、仲のよい嫁と姑というのも世間にはごくふつうに存在するのかもしれない。

とにかく、猫さんの奥さんと母親は仲がよかった。最初から気が合ったというのではなく、年を追うごとに、歳月を重ねるにつれて、親密さの度が増していき、最後には共犯関係のような壁さえ築かれて、夫であり息子であるはずの猫さんさえ容易に立ち入ることのできない二人だけの世界が醸成されていったのである。

猫さんは、それに違和感を覚えながらも、妻と親が仲良くしてくれるのは基本的にはありがたいことだったし、妻からも母親からも鬱陶しい干渉がないのはむしろ救いであった。

猫さんは高等学校を卒業して大学に入ったとき、両親の家を出た。学費は親が出してくれたが、生活費は自分で働いて稼いだ。アルバイトと学業の両立はたいへんだったでしょうと人によく言われるのであるが、猫さん本人はそんなにたいへんだと思ったことはなかった。それよりも親の家を出て、自立した生活を送ることのできる喜び、解放感のほうが圧倒的に大きかった。

猫さんは一人っ子であった。だから、その分だけ親の干渉、とくに母親の干渉が大きかったのだろうと誰もが想像するだろうけれど、猫さんが家を出た理由はそこにはなかった。奇妙な言い方になるけれども、父と母の絆が強すぎて、水入らずの家族であるはずの空間に自分の居場所が見つからなかったのである。

しかし、奇妙なのは自分のほうかもしれない、と猫さんは最近思うのである。両親と死に別れ、妻とも死に別れ、半世紀以上暮らしてきた東京を離れ、幼少期を過ごした土地に戻ってきて、あらゆるものと距離を置いて振り返ってみたとき、自分の感受性のなかに、いつのまにか自分自身を群れや集団から孤立させてしまう何かが潜んでいるのかもしれないと思うようになったのである。

猫さんの父は哲学者であった。朝から晩まで考えている顔をしていた。文字どおり無口であった。ほとんど何もしゃべらなかった。生活に関する一切合切、すべて妻に任せっきりであった。衣食住にまつわる好き嫌い、趣味、嗜好、そういうものにいっさい関知しなかった。すべて妻が選択し、それに異を唱えることはなかった。もしかすると、自分が今何を食べていて、何を着ているのか、それさえわかっていなかったかもしれない。生活に関しては、すべてが上の空であった。妻が肉体で、彼は頭脳であった。頭脳は肉体の一部にすぎず、肉体に依存しているくせに、肉体の中心にいて、肉体に指令していると勘違いしている奇妙な細胞集団である。

猫さんには、父と会話したという記憶がない。そのあるかないかの父と子の会話さえ、妻であり母である存在が代行していた。猫さんの母親は自分の夫の世話で精一杯であった。息子のことにまで気も手も回らなかった。

だから、すべてにわたって猫さんの父親は息子の反面教師であった。物心ついてからは——正確に言えば、中学生になって東京に出て来てからは——身の回りのことはすべて自分でやった。着るものは小遣いのなかから自分で買い、自分で洗濯し、アイロンが必要であれば自分でかけた。気むずかしい父の世話で神経をすり減らしている母の手を煩わせたくなかった。いや、母の世話になりたくなかった。高校生になって、生活のリズムが両親のそれと合わなくなり、ずれるようになると、食事も自分で作るようになった。母が台所に立っていない隙をぬって、弁当を作り、夜食を作った。

だから、大学に入り、自活するようになったとき不便はいっさい感じなかった。夜のアルバイト——居酒屋の店員であるとか、夜間の土木工事であるとか——で疲れた身体を引きずって学校に通うのはなかなか辛いものがあったが、睡眠不足はキャンパスのベンチで補うことができたし、勉強や読書は講義のない教室や図書館ですませた。四畳半のアパートはただ寝るだけの場所だった。

自分は自由だと感じられるとき、人は思いがけない力を出せる。逆に人に強いられて何かをするとき、そこには計り知れないエネルギーロスが生じるというのが、猫さんの生活信条であった。

大学を卒業して就職した先は教科書の出版社だった。文学部を出て就職できる先は限られていた。教職の免状を取得して教員になるか、新聞社か出版社に勤めるか、猫さんが思い描ける就職先はそれくらいしかなかった。教員にはなりたくなかった。理由は単純明快、父親が教員だったからだ。北海道では高校教師、東京に出て来てからは某女子大学の教授。教師にだけはなりたくなかった。新聞社も自分には向いていないと思った。誰かに会って取材したりインタビューしたりしている自分が想像できなかった。残るは出版社しかなかった。

父親が大学教授だったから、家の中は本で溢れかえっていた。書斎はもちろんのこと。玄関にも廊下にも本が積んであった。猫さんが家を嫌い、教師を嫌う理由は、この山のような本のせいかもしれなかった。しかし、血筋は争えないというべきか、猫さんも読書家であった。ただし、哲学書は読まない。読んだのはもっぱら小説であり、詩であった。猫さんの寝室もまた、本で溢れかえっていた。

一人暮らしをはじめたとき、これらの本を全部、四畳半のアパートの一室に運びこむことは不可能だった。けれども、実家の自分の部屋に本を残して出たくなかったので、古本屋を呼んで大半を処分した。四畳半の部屋に持っていくべき本を本棚一つに限定し、選別する作業はことのほか辛かったし、時間もかかった。迷ったら捨てるという原則を貫いても、本棚一つには収まりきらなかった。

出版社は何社か回った。猫柳という名前が珍しいので、まずそれが面接担当者の目を惹いた。父の名を知っている編集者もいた。「ひょっとして、あの哲学者の猫柳亮先生の息子さん?」父の名が出ると、猫さんの気持ちは萎えた。できれば父の重力圏の及ばないところに行きたかった。

そうして数社回り、最後にたどり着いたのが教科書の出版社だった。そこの面接担当者もまた猫柳亮の名を知っていた。しかし、哲学者としての父ではなく、高校教師だったころの父を知っている人だった。

——高校の先生にしてはとてつもない学識を持った人だと思っていたけど、やっぱり収まりきらなかったんだね、と言って、その人は遠くを見るような目つきになった。若いときは、北海道を回る営業マンだったと懐古した。教科書というのは地区で一括採用される出版物なので、採用されると大きな数字になる。だから、各社の営業合戦が激しい業界でもある。

——それとね、やっぱり色男だったよな。研究者気質なんだけど、色気があった。

この「やっぱり」は何を意味するのか、と猫さんは訝った。しかし、高校教師だった頃の父を知っている人に初めて出会ったことが、猫さんの心を揺すぶった。もう少しこの人の話を聞きたいと思った。

——父とはどういうお付き合いだったんでしょうか? と尋ねてみた。

——ごくふつうの教科書会社の営業マンと教科の担当の先生との、年に一度か二度のお付き合いにすぎないけれどね。猫柳先生は絶対に接待を受けない人だったから、そのお付き合いも難しいのだけれど、見識は抜群だから、編集部からも教科書の出来栄えについてよく話を聞いてきてくれと言われたし、教育委員会の教科書選定会議でも鶴の一声じゃないけど、影響力があったからね。

猫さんはそんな話には惹かれなかった。堅物の親父のことなら自分が一番よく知っている。気になるのは、さっきのあの「やっぱり」だ。しかし、新入社員を採用するための面接の席で、これ以上突っこんだ質問を繰り出せるわけがなかった。ここに入社すれば、話の続きが聞けるかもしれないと期待したわけではないが、何か因縁じみたものは感じた。そうしたら後日、出版社から猫さんのアパート宛てに採用通知が送られてきた。別にいいじゃないか、ここで。猫さんに迷いはなかった。

そして、この会社で猫さんは、のちに奥さんとなる女性と出会ったのである。

*72 猫の記憶(esq.06)

文字は石にきざまれて、そこに残る。

声は風にのって、空に消える。

石は風にけずられて砂となり、

砂をはこぶ風の行方は風にもわからない。

 

*4

 

猫さんはテレビを見ている。チャンネルはBSのどこか。景色はスコットランドのどこか。青々とした牧草地がどこまでも広がっている。たくさんの犬たちが草原を走り回り、跳ね回っている。大型犬もいれば小型犬もいる。微風に乗って滑空するフリスビーを追ってジャンプし、空中でキャッチするシェトランド・シープドック。遠くに放り投げたテニスボールを追って疾走するディアハウンド。燦々と降りそそぐ日の光を浴びて草むらに横たわるゴードン・セッター。近景にも遠景にもまだまだたくさんの犬たちが走り、じゃれ、跳躍している。

スコットランドのトップブリーダーと称される女性が画面に大写しになっている。赤みがかった金髪をポニーテールにしている。化粧っ気はなく睫が長い。肌は小麦色、見るからに健康そうだ。中背で細身だが、鍛えられた身体であることは、ワークシャツの肩を盛り上げている筋肉の張り具合からもわかる。ゲール訛りの英語のせいか、画面の下に字幕が出ている。日本語吹き替えの合間から聞こえてくる本人の肉声はアルトだ。

——犬というのは、人間が狩猟生活を集団で行うようになったころから人間とともに生活してきました。虚弱で野性の生活には不向きで親から見捨てられた狼の仔を拾ってきて、人間の群れのなかで育てたのがはじまりだと言われています。だから犬はとても依存性が強いんです。人間にとてもよく似ています。犬が躾けやすいのはそもそも人間に似ているからです。似た者同士なんです。猟犬、牧羊犬にはじまり、近代に入ってからは盲導犬、警察犬、麻薬犬など、様々な分野で彼らは人間とともに働いてきました。それは今も変わりません。でも、圧倒的に増えたのが愛玩犬です。それとともに圧倒的に悲劇も増えました。事故、病気、そして虐待です。犬もときとして牙を剥きます。人間だって暴力をふるいます。彼らは動物です。人間も動物です。でも、動物だから暴力をふるうのではありません。人間だから暴力をふるうのです。犬が突然人間に噛みつく。その理由はさまざまです。言えることはひとつだけです。適切な距離を保つこと。スキンシップは大切です。でも、だらだらと節度なくいつまでもくっついているのはよくありません。人間にとっても犬にとっても。私たち人間が成熟しなければいけません。犬を依存性の強い生き物にしてしまったのは、私たち人間です。人間にはその責任があります。人間とともに生きてきた犬たちは、まさに人間の鏡です。彼らは幸福なんだろうかと私はときどき思います。同時に、私たち人間は幸福なのだろうかとも思います。

カメラが女性の顔から逸れて、遠くで草を食んでいる羊の群れをパーンしていく。その手前には元気に飛び跳ねている犬たちがいる。空の雲が画面の左から右に向かって流れていく。

猫さんがこの番組を見たのは、ずいぶん昔のことだ。たしかBS放送がはじまって間もなくのころではなかったかと見た本人は思っているが、ビデオに録画したわけでもないので証拠はない。記憶だけはくっきりしている。そのころのBSでは、海外の放送局が制作した番組がよく流れていた。スコットランドの女性ブリーダーが登場した番組はBBCの制作ではなかったか。これもまた猫さんの記憶に属することで、確証はない。

猫さんが見るテレビ番組は、ニュースを除けば、野生の動物たちの生態を特集したドキュメンタリーが多い。ドラマや音楽番組はあまり見ない。いわゆるバラエティのたぐいはまったく見ない——と本人は言っている。録画することはないので、そのための装置もない。猫さんが鮮明に憶えているもう一つの映像がある。これも野生の動物を映したものだが、どんな番組だったか、地上波だったか、BSだったか、それさえも忘れて、映像の断片だけが残っている。

登場するのは犬でも猫でもなく、キタキツネの親子だ。キタキツネが登場するのだから北海道の風景であるが、猫さんがこの映像を見たのはこちらに帰ってきてからではなく、東京である。例によって、いつごろ見たのか、どこで見たのか——自宅か、どこかの店内か——、まったく記憶にない。映像だけが残っているのである。

真っ向から吹きつける猛烈な地吹雪のなかを、キタキツネの親子が歩いていく。画面はほぼ真っ白である。中央にぽつんと二つ黒っぽい点が見えるだけ。遠景にはカラマツの防風林らしきものがぼんやりと映っている。北海道のどこかの畑だろう。あたり一面雪に覆われ、なおかつ吹雪のせいで地形も何もわからない。これでは地方を特定することなどできない——いや、番組ではたしかナレーションが入っていたはずだが、猫さんの記憶からはすっぽり抜け落ちている。

カメラが中央の二つの黒い点をズームアップする。尻尾が長く太いからキツネであることがわかる。顔面をまともに襲う吹雪をさけるために前屈みになり、前脚を踏み出すたびに少し埋まり、引き抜いてはまた前に差し出し、また埋まる。それを四本の脚で繰り返す。見るからに重労働だ。どこから来て、どこに向かうつもりなのか。画面に映し出だされているのは、荒れ狂うホワイトアウトの世界だ。

餌を求めて? いや、こんな吹雪のなかを移動するくらいなら、どこかの林のなかでじっと息を潜めていたほうがいい。移動しているうちに猛吹雪に遭遇した? そうかもしれない。

後ろの一匹が埋もれて立ち止まる。やや小柄に見えるから、子狐かもしれない。それに気づいた母狐——たぶん——が立ち止まり、振り返り、そして二、三歩戻り、鼻先を相手の鼻先に近づける。子狐は力を振り絞り、前脚を踏み出し、後ろ脚を抜き、また前に歩きはじめる。

後ろの子狐は徐々に遅れていく。そしてまた雪に埋もれる。母親がまた戻っていく。自分の鼻を子の鼻に近づける。何度も何度も。そして顔を上げる。その間、二秒か三秒。母親は吹きつける地吹雪のほうに顔を向け、子供から立ち去っていく。

画面は固定されている。母親は画面の中央から左に向かって歩きつづけ、やがて画面から消える。カメラはそのあとを追わない。ホワイトアウトのなかに、ぽつんと小さく黒い点が残る。

その映像を見終わったあと、猫さんはあれこれ想像した。母親は子供のところに戻ると、二、三秒、鼻を近づけた。あれはまだ歩けるかどうか確認していたのだろうか。それとも死んだわが子を弔ったのだろうか。でも、むしろ猫さんが気になったのは、その二、三秒のあいだに母親が何を考えたか、何をしていたかではなく、そのときたしかに時間が止まっていたように感じられたことだった。

時間が止まっていた? いや、その間も吹雪は舞い、母狐は鼻先を動かしていたではないか。時間が止まっているように感じられたのは、おまえが息を詰めてその場面を見ていたからではないのか。猫さんは自問自答する。

いやいや、そうではない。

どっちも、違う。

時間は同じように動いていたのでも、止まっていたのでもない。

あの瞬間——二、三秒のあいだ——、時間は加速して、重みを増したのだ。

自分はそれを経験したと、猫さんは思っている。奥さんが病院のベッドで絶命する寸前の、二、三秒間、時間は止まったのではなかった。時間は急激に加速して、ブラックホールに吸い込まれていくように、死の井戸に落下していったのだ。猫さんもまた、その死の井戸に吸い込まれるようにして——キタキツネの母親がわが子の鼻先に鼻を近づけたように——奥さんの顔を覗きこみ、叫んだのだ。

——おーい、いっちゃうのか、と。

その声もまた井戸に吸い込まれていった。

彼女の意識も消えた。記憶も消えた。肉体も焼かれて消えた。

けれども、猫さんの記憶のなかに、彼女の姿、彼女のしたこと、語ったこと、書き残した言葉のいくつかも残っている。

でも、それは脳のある一部分——海馬とか呼ばれているところ——に刻まれたものだろうか。

長椅子の横で丸くなって寝ているネコの眉間を撫でながら、猫さんは思うのだ。

彼女が今ここに現れたら、ネコはきっと驚き、二、三秒とまどい、そして彼女に擦り寄っていくだろう、と。たとえ匂いもなく、声もなく、姿さえ見えなくても。

*71 猫は丸くなって眠る(esq.05)

*3

 

猫は炬燵で丸くなるという童謡の一節もあるし、そもそもネコの語源は寝る子から来ているという説もあるし、猫がよく寝るのはむしろ健康な証拠なのかもしれないが、老齢の猫がひたすら朝から晩まで寝ているのを見ると、心配になってきたりもする。

猫さんのところのネコも、じつによく眠る。朝になると餌をねだりにやってくるが、一口二口食べるとまた寝てしまう。もっとも最近は、ペットショップに行っても、ペットクリニック——昔は犬猫病院と言ったものだと、還暦を過ぎた猫さんは思うのであるが——に行っても、餌とは言わない。はい、はい、いつものネコちゃんのお食事ですねと言う。その度に猫さんは、餌と言ってはいけないのかと訝るのだが、声には出さない。偏屈じいさんとは思われたくないからである。生まれ育った故郷に帰ってきたというのに、知り合いがほとんどいないせいか、よそ者感が強い。その分だけ変人扱いされたくない。息を詰めてというほどのことはないが、できるだけ目立たないようにしている。

なんのために帰ってきたのかと、猫さんはときどき思うのである。

朝の五時頃、ネコは主人を起こしにやってくる。猫さんは布団のなかには入っているが、たいていは目が覚めている。小学校の同級生だった精神科医に睡眠薬代わりの抗鬱剤を処方してもらってからは、一時、二時に眼がぱっちり開くことはなくなったが、年齢のせいか、朝はあいかわらず早い。

ネコがやってくるのを合図に起き上がり、処方食の餌——尿路に結石がたまりやすい体質なのである——を与えると、猫さん本人はトイレに入って用を足し、顔を洗ってから布団を上げ——ベッドは落ち着かないので、若いときから布団を敷いて寝ている——、電気剃刀で髭をあたり、乾いたモップで床を軽く拭き、オーディオ装置やデスクの上にほんのうっすら積もった埃を静電気除去布巾とかいう代物で拭き取り、革張りの長椅子——ソファという呼称はいまだに馴染めない——に腰かけて新聞を読む。するといつのまにか、ネコが隣で寝ている。

いつもほとんど同じ姿勢である。右前脚で後ろ脚を抱えこむようにして丸くなり、左前脚をアイマスク代わりにして眼のあたりを覆う。まるで眠りを抱えこんでいるようだと猫さんは思う。

最近はよく寝るだけでなく、よく鳴くようになったとも思う。しかも、犬の遠吠えのように、遠いところにいる誰かを呼んでいるのかとも思えるような野太い声で鳴くのである。もらってきた当初は、か細い声を出すどころか、まったく鳴かなかったのに。それに最初に気づいたのは、猫さんの奥さんだった。

——ねぇ、ひょっとしてこの子、鳴かないんじゃないかしら。

——鳴かない? 鳴くだろ?

——あなた聞いたことある?

そう言われてみると、聞いた覚えがない。

——そのうち鳴くだろ。

——仔猫って、ふつうミャーミャーかわいい声で鳴くものでしょ。変よ。

というわけで、近くの犬猫病院——ペットクリニックではなく——で診てもらうことにした。

——鳴かない?

若い獣医さんは明らかに当惑している。猫さん夫妻も当惑しているので、頷くことしかできない。
——ぜんぜん?

また頷く。若い獣医さん、診察台の上に籠ごと乗せられた仔猫のネコを覗きこむ。ウンともスンとも、ミャーともシャーとも言わない。ただプルプル震えている。獣医さんに怯えているようにも見えるが、春先に猫さんのところにやってきてから、ずっとプルプル震えているのである。体が虚弱なのかもしれないし、あちこち引き回されて怯えが常態になっているのかもしれない。

——そのうち鳴くでしょ、というのが若い獣医師の出した結論であった。猫を飼ったこともない素人の考えと変わるところがなかった。帰り道、仔猫用の小さな籠を胸にそっと抱きしめながら、猫さんの奥さんは明らかに不満そうだった。

——彼女にきいてみる。

彼女というのは、多摩川縁に住む篤志家の女性のことである。捨て猫を拾ってきては里親を見つけるまで育てるという手間も費用もかかる仕事を善意で続けている人なのである。ヴォランティアと呼ぶ人もいるが、猫さんは篤志家という。

いずれにせよ、猫さんの家にやってきてネコと名づけられた猫は、この女性が多摩川縁で拾ってきた捨て猫だったのである。たまたまその篤志家の奥さんと猫さんの奥さんが、自然食品の学習会とか称する主婦の消費者運動を通じて知り合いになり、うちに今、仔猫の兄弟が二匹いて、もらい手を探しているんだけど、とかいう話になったのである。

——ねぇ、ねぇ、今度の土曜なんだけど、見に行かない?

どういう風の吹き回しか知らないが、声がはしゃいでいた。それまで猫さんの奥さんは、犬にせよ猫にせよ、小鳥にせよ金魚にせよ、ペットを飼いたいと言ったことなど一度もなかったのにである。

猫さんにしてみれば、猫が猫を飼う、照れくさいような、シャレにもならないというような気持ちがつきまとう。そして何より、誰にも言ったことのない秘密に属する事柄なのだが、猫柳という名前で、幼いころから猫という愛称で呼ばれてきたのに、じつは猫さん、犬が好きだったのである。

とりわけ大型犬に、どういうわけか、無性に惹かれるのである。ゴールデン・レトリバーでも土佐犬でもいいし、シェパードでもドーベルマンでもいい。セントバーナードになると、通りを散歩しているのを目にするだけで抱きつきたくなってしまうのである。

それなのに猫を飼う。あまり気乗りがしないだけでなく、不吉な予感のようなものもあった。あとから思えば、というようなこじつけではなく、何かがまずいほうに流れ出していると感じたのである。

ならばはっきりと奥さんに、猫を飼うのはよそうと言えばよかったじゃないか、と誰しも思うだろうが、そういうときにかぎって、猫さんは何も言えないのである。人任せにしてしまう。どっちでもいいさとか、どうせ大差ないだろうとか、自分の気持ちをごまかしてしまう。

人生の一大事であっても。

そして、猫さんの人生における唯一の決断が、自分の生まれ育った町に帰るということだった。還暦を過ぎてから、このままだと手遅れになる、なぜかそう思ったのである。

ネコ——猫ではなく——の話に戻そう。とにかく、その週の土曜、猫さんと奥さんは多摩川縁に住む篤志家さんを訪れたのである。せっかくお越しいただいたのに、家のなかは犬と猫だらけなので、おかまいもできませんが、と言って差し出されたのは、小さめの段ボールに入れられた二匹の仔猫だった。

この二匹は見るからに対照的だった。まず柄が違う。一方は大きな白黒の丸い模様に覆われている。一方は背中の部分が濃い茶色の毛で覆われていて、よく見ると濃い茶色と黒の縞模様になっている。一方はすでに大きく育ち、動きも活発で、か細いけれども通る声で、さかんにミャーミャー鳴いている。縞模様のほうは白黒よりも小さく、段ボールの隅に小さくうずくまり、プルプル震えている。

——これ、兄弟ですか?

猫さんの奥さんが、思わず質問した。

——いっしょに捨てられていたから、とりあえず兄弟ということにしてあるけど、ほんとうのところはわからないわね、と篤志家の奥さんは言う。ただし、野良猫が産んだ子だとすると、同じ腹から生まれてきても、まったく柄が違うことはよくあることだという。篤志家の奥さんは、できれば二匹とも連れていってもらえるとありがたいですけど、と言って、大きな笑顔をつくる。

——それはちょっと無理よね。

猫さんの奥さんは旦那さんのほうに目を向ける。猫さんは躊躇なく頷く。そもそも飼うと誰が決めたのか、というのが本音である。

——それならば、せめてどちらか一匹でも。

家のなかにはもう置き場がないのだと篤志家の奥さんは嘆く。おまけに病気の猫も最近増えてきて——エイズの猫もいるらしい——、それを隔離するためのスペースも必要だという。

——人間の寝場所を確保するのがやっとなの、と言って、篤志家の奥さんは大きな声で笑った。

これでもらわずに帰ったら、鬼だと罵られそうである。

——ねぇ、どっちにする?

猫さんの奥さんはすでにどちらか一方をもらっていく心づもりでいるらしい。困ったことになった。飼うこと自体、気乗りしないのに、この対照的な猫のどちらかを選べというのは、ほとんど究極の選択ではないか。というのは、猫さんは大きな白黒の丸い模様がついたほうを見たとたん、これはない、と思ったのである。丸い模様がなんとなく気に入らなかっただけでなく、動きが活発で、ミャーミャー——むしろピャーピャーに聞こえる——鳴く様が、うるさいというよりも、性格が自分本位で意地汚い印象を与えたのである。むろん言うまでもなく、猫さん個人の感想である。

それに比べて、背中が縞模様になっている小柄なほうは、大柄なほうに——たぶん兄だろう——比べると華奢だし元気がない。見るからに虚弱そうだ。でも、こっちのほうが美しいと猫さんは思ったのである。

健康だが醜い猫と虚弱だが美しい猫がいる場合、ふつう世間一般はどちらを選ぶだろうか? まるでグリム童話か日本昔話に出てくる話のようではないか。こういう場合、心優しい飼い主は虚弱だが美しい猫をもらっていって、精魂込めて大切に育て上げると、じつはその猫は王子さまの化身であったとか、飼い主が殿様に無理やり城に連れ去られていく朝に領内の全野良猫が結束して、殿様の家来たちに襲いかかったとか、どんな物語も作れそうではないか。

——小さいほうにしよう。

そう言ってしまってから、猫さんは、しまったと思ったが、時すでに遅しであった。罠にでもかけられたような気がした。

そして、いつのまにか、鳴かない猫も鳴くようになった。頼りなさそうに見えた若い獣医師は正しかったのである。鳴くようになったのが、病院で診てもらってから一ヵ月後だったか、二ヵ月後だったか、猫さんの記憶にはない。記憶にあるのは、

——あら、この子、今、小さく鳴かなかった? という奥さんの言葉だけである。

あれから十五年も経つのか、と猫さんは背中の縞模様を誇示するように丸くなって寝ているネコを見つめながら思う。猫の年齢は四倍か五倍すると人間の年齢に相当するらしい。とすれば、このネコはおれとほぼ同じ年齢ということになるではないか。こんなに長生きするとは思わなかったし、年を取れば取るほど、さかんに鳴くようになるとも思わなかった。

何百匹もの捨て猫を育てたあの多摩川縁の篤志家さんの見解では、生まれてすぐに捨てられた仔猫は鳴いて乳をせがんでも母親がいないので、鳴かなくなってしまうのだという。ならば、兄のほうの白黒はなぜあんなにも鳴くのか? 健康だからというのがその答えだった。犬猫病院から帰るとすぐに篤志家さんに電話した猫さんの奥さんがそう言っていたのである。弟のほうが虚弱になってしまったのは、餌を別々にやっても、食欲旺盛な兄のほうが弟の分まで食べてしまうからだとも。ほら見たことか、おれの直感は正しかったじゃないかと思い、本来なら猫は飼いたくなかったはずの猫さんは自分の見立てに満足した。

背を丸くして、猫にしては大きな寝息をたてて、すやすや寝ている丸い寝姿を見るにつけ、これがあの虚弱でプルプル震えていた仔猫とは思えないし、ネコ本人(?)にあの多摩川縁で過ごした幼年期の記憶があるとも思えない。

でも、ほんとうにそうだろうか、猫さんはときどき思うのである。丸くなって寝ている猫が抱いているのは眠りではなく、記憶ではないのか。

(つづく)