タイトルを見て、驚いた人もいるかもしれません。
ほぼ半年にわたって、ほぼ一週間に一回更新してきた〈小説のためのエスキス〉と題した試みは中断させていただきます。
「させていただきます」などという珍妙な丁寧語を使うのは、書いてきたのは本人だとしても、読む人と書く人の関係は表裏一体というか、持ちつ持たれつの関係であるということが今回の試みで痛いほどよくわかったので、一方的に中断してしまうのは申し訳ないという気持ちが先立つからです。
単純明快な理由から申し上げると、一週間に一回更新するのがしんどくなってきたということがあります。ならば隔週とか、一ヵ月に一回とか、いくらでもやり方はあるだろうと言われそうですが、この試みは規則的に連載するからこそ意味があり、続けられてきたように思います。
どだい、はじめて小説というものを試みるにあたって、専業の小説家でさえ、体力と精神力を削られるという連載形式(これは日刊紙の連載について、多くの作家たちが言っていることです)を採用したこと自体、身の程知らずであったのでしょう。
正確を期すれば、創作ノートの公開という形式そのものが破天荒でもあり、不遜でもあったわけですが、それにしても、こんなにしんどいものだとは思ってもみませんでした。年寄りの冷や水と言うべきかもしれません。
物語の軸となる人物の名を「猫さん」と呼ぶことで、この小説の試みはスタートしたわけですが、途中から、一人称と三人称の関係が不分明になってきて、小説というものは難しいものだなぁとしばしば考え込むようになった。
それに加えて、構想がどんどん膨らみ、変化していったということがあります(とりわけ*84のあたりから)。
どんなふうに構想が膨らんでいったかというと、そろそろ猫柳泉の父親の亮氏(*73で名前まで考案した)がO市を離れなければならなくなった事情を書かなければならないのですが、下手をするとそれだけでも一篇の小説になりそうな気配になってきたのです。
彼は同じ高等学校に勤めていた若い女性教師と親密な関係になり(つまり不倫関係)、それがために妻(=猫さんの母)は精神を病み、若い女性教師は自殺を図るという、まさにどろどろの三角関係に陥る。この構想——現時点ではむしろ妄想と言うべきもの——が肥大してきて、われながら、これを書き抜くだけの力が自分にあるか、心許なくなった。
これじゃまるで島尾敏雄の『死の棘』じゃないか……。
戦中派の猫柳亮氏は、独学でデカルトに関する学位論文を書いて東京の大学に送り、学位を取得している。不倫相手の女性が自殺を図るに至って、O市にはいられなくなり、妻と子を引き連れて東京に転居するという、まあ、途方もない構図です。
息子の泉は、狂乱する母の姿を直視できずに、同級生の幼なじみである多子(さわこ)さんの家に入り浸り、彼女の優しさに癒される。多子さんは猫さんの初恋の人であると同時に、狂乱し〈不在〉となった実の母親の代わりをつとめていたということになります。その絆が東京に引っ越すことで絶たれてしまう。そして、還暦を過ぎて生まれ育った町に帰ってきた猫さんは、精神科の医師になった同級生の北島晋一宅に招かれ、その妻、多子(さわこ)さんと再会する。そして凍結されていた忌まわしい記憶が一気に溶け出し、猫さんもまた錯乱に陥る。
さて、猫さんは多子さんを奪い取って、O市を終の棲家とするのか。それとも宿痾(?)の記憶喪失から立ち直って、結局は東京に帰っていくのか。
もう、おわかりでしょう。
休まないと体も頭も持たない。妄想はとてつもないエネルギーを消費する。小説家が尊敬される所以でもあり、身を滅ぼす原因でもあるのだろうなと思うに至ったしだいです。
早い話が、この種の長編小説を書く準備はまだ自分にはできていないということです。
今抱えている五百ページの翻訳がようやく三分の二あたりまで来たところです。
まずはこれを仕上げなければなりません。
さて、仕上げたのち、膨れあがりすぎた妄想を小説という器に盛る作業に再度立ち向かう気力が戻ってくるかどうか。
ここにネタバレのような、これからの物語の展開を記したのは、ただたんに中絶してしまうのではあまりにも芸がないし、読者の方々に失礼でもあるだろうと思うと同時に、もしこの小説の試みに何か必然性のような、定めのようなものがあるとすれば、きっとまたここに戻ってくるだろうとも思っているからです。そういうものがなければ、ここで途絶えてしまっても仕方がない。
よみがえってくる場所が、このブログになるのか、あるいはすでに本になっているのか、それは書いている自分にもわからない。
いずれにせよ、半年間続いたこの〈小説のためのエスキス〉は書いている本人にとっては、計り知れない収穫がありました。小説とは何かと上から目線で論じることはさほど難しいことではありません。みずから書いてみて、初めて気づくことがたくさんありました。
ですから、ここまでお付き合いいただいた方々には感謝しかないのです。物申したいという読者の方がいれば、コメント欄にどしどしお書きください。コメント欄に公表されるのは抵抗があるという方で、私のメールアドレスをご存じの方は、そちらに一筆お願いします。
ただし、扉の写真だけは頑張って更新します。こっちのほうは週に一度の更新がすっかり習慣になり、楽しくもなってきました。ブログ本文の更新はたまにしかできなくなるでしょうが、せめて写真で一息ついていただけば幸いです。